稱名寺とその周辺の植物(10)

稱名寺では年に2回(春と秋)に『稱名寺通信』として、寺報(お寺の広報紙)を発行しております。その中で、2014年の秋から稱名寺門徒の浅間恒雄さんに、「稱名寺とその周辺の植物」と題して、境内や山門前の春風公園にある植物の解説をご寄稿いただき、紹介いたしております。
今回の記事は、稱名寺通信第15号(2019年10月発行)からの転載です。

 

稱名寺とその周辺の植物(10)

今回は、稱名寺の庭や春風公園に生育するシダ植物について解説します。種としてはイヌワラビについて解説しますが、その前にシダという大きな分類群の名前の由来について触れてみたいと思います。

これまで本紙に紹介した十八種類の植物は花の咲く顕花(けんか)植物でしたが、シダ植物は花の咲かない陰花(いんか)植物で、葉裏の胞子嚢から飛散する胞子から無性生殖によって増殖します。漢字であらわすと羊歯(ヤウシ)と書きますがこれはシダ植物の細かい鋸歯の連続する形状を羊の歯にたとえて表したものです。これは漢語ですから、大和言葉あるいはそれ以前の古語のシダの本来の意味を説明するものではありません。
語源に触れた文献では「シダの和名辞典(中池敏之」に「シダは『葉が垂れる』の意味との説あり。」との記述があります。シダレザクラやシダレヤナギなどの語頭の音を同じくする重要な指摘と考えられます。確かに若い羊歯の葉が展開するときには、葉の先が柔らかいためにしだれる形を示すことは、よく観察できます。
また、「語源辞典植物編(吉田金彦、2001)」では「下に垂れる意のシダル(垂)の語幹から名詞になったと考えてよい。」ほぼ前説と同じ見解となっています。
このような語源説が唱えられるなかで、私なりにシダの語源について考察してみました。私が秋田県の鳥海山麓にて調査をしていた折りに、シダミ沢という地名があり、地元の人に聞くと楢の実のある沢という意味であることを知りました。楢(主にミズナラ)の実は縄文時代には重要な食糧源であったことと、稲作の始まったそれ以降の時代でも凶作の時の飢饉食として重要な役割を担っていたと考えられます。そのシダミと植物のシダの音の一致は偶然なのでしょうか?
楢の木をシダというほかに、クヌギやトチノキもシダ・シダミと呼ばれたという記録があることから、これらの木々からは丸い実が獲れ、食用になるという共通点があります。また、スダジイという実をあく抜きせずに直接食べることのできる常緑樹も「スダ」と呼んだとのことで、音韻変化「シ→ス」があるとすればスダジイもシダジイであって、丸い実の食べられる木の代表であったかもしれません。
では、木でもないシダ植物が何故丸いのかということを考えてみると、多くのシダ植物は春先の芽だしのときは丸い渦巻き形をしている(下はイノデ類の芽だしの写真)のです。縄文人はこの丸い渦巻き形の中に、春に葉を展開する生命力を感じていたのではないでしょうか。その形状を食べられる動植物の分類に使用したのではないかと考えます。

前川文雄の「植物の名前の話」の中に食べられる貝の名前を木の実の識別に当てはめる話が掲載されています。マテバシイ、スダジイ、ツブラジイの三種についてマテガイ、シタダミ(巻貝)、ツブガイ(タニシ)をあてており、スダとシタダミとの関連を示唆しております。
これらのことからシダの音をもつ木の実や貝の形状からは下に垂れる姿は想像できませんので、シダそのものの示す意味は丸い螺旋形の食物を示すものだったという仮説を提唱したいと思います。
残念ながら「しだ」と「渦巻き状に丸い」ということ直接示す言葉を見つけることはできませんが、狩猟生活を続けた日本人の祖先の一つである旧モンゴロイドの人々の言葉からそのヒントを得られるかもしれません。アイヌや琉球人の祖先、あるいは南北アメリカ大陸の先住民族であるインディアンやインドネシアなどの南部モンゴロイドの古い言葉にその痕跡を見つけることができるかもしれません。今後に期待したいと思います。

イヌワラビ(末尾写真)

写真は稱名寺の境内の庭に生えていたものですが、おそらく、春風公園の低木類の密植された植え込みの中にも生育しているものと考えられます。稱名寺と春風公園に見られるシダ植物は少なく、これまでに三種しかみつかっておりませんが、その中で最も普通にみられるものがイヌワラビです。イヌはどこにでも生えている意味の他に、偽物、利用できない、つまり食用にはならないという意味があります。山菜のワラビは藁に火をつけて燃やした跡に多く出ることによる説と若芽が子供の手(童手=わらびて)に似ていることからワラビになったという説などがありますが、このイヌワラビは本当のワラビとは関係の薄い種類です。

※引用・参考文献
日本国語大辞典(昭和55年1980縮刷版)
新訂牧野新日本植物圖鑑、牧野富太郎、2000、北隆館
世界有用植物事典、1989、平凡社
樹木大図説。上原敬二、1969、有明書房
植物の名前の話、前川文雄、1981、八坂書房
語源辞典植物編、吉田金彦、2001、東京堂出版