稱名寺では年に2回(春と秋)に『稱名寺通信』として、寺報(お寺の広報紙)を発行しております。その中で、2014年の秋から稱名寺門徒の浅間恒雄さんに、「稱名寺とその周辺の植物」と題して、境内や山門前の春風公園にある植物の解説をご寄稿いただき、紹介いたしております。
今回の記事は、稱名寺通信第16号(2020年4月発行)からの転載です。
稱名寺とその周辺の植物(11)
今回は日本放送協会の時代劇のタイトルで見かけた蛍草(ほたるぐさ)について解説してみたいと思います。この番組ではツユクサの別名ということで紹介されていますが、国語辞典などで調べてみると、蛍草(ほたるぐさ・ほたるそう)として知られる植物は以下の十二種類がありました。
(ほたるぐさ)
ツユクサ
タチテンモンドウ
スギナ
ツメクサ
ホタルブクロ
ウツボグサ
ヒメコバンソウ
オオケタデ
(ほたるそう)
ホタルサイコ
ヒトリシズカ
ホタルカズラ
アケボノソウ
私見ですが、これらの植物の共通点をみると一つ目はツユクサ、ホタルブクロ、ツボグサ、ホタルカズラなどの花の色が青いもので蛍の青白い光にたとえたものからか名付けられたと考えられるものです。二つ目はスギナ(土筆の栄養葉)、タチテンモンドウ(アスパラガスと同じ属)、ツメクサなどの針状の葉をもつものを総じて蛍草と充てている点です。これらについては、蛍狩りの時に蛍籠に入れる草を蛍草と呼ぶことから、葉が細く密生し、露持ちが良いことから用いられたものと考えられます。あるいは、蛍が見つかりやすい場所に生える草とも考えられ、蛍の捕獲したところで飼育用の草を手に入れることが出来るという便利な植物であったかも知れません。
三つ目は蛍とは直接関係のない穂垂草の意味で「ほたる」蛍の字を後であてたものと考えられるもので、オオケタデ、コバンソウなどは花の穂が垂れているのでこの名前が与えられたと考えられます。ちなみに、昆虫の蛍は火(ほ)垂(た)れるが語源です。
このほかのホタルサイコ、ヒトリシズカ、アケボノソウの三種については何故この名を充てたのかは全く考えが及びませんでした。
先述のとおり、物語で取り上げられている蛍草はツユクサを示しておりますが、その語源は露草で、良く露を帯びた草の意味です。その点では、蛍籠に入れた草に含まれるかもしれません。また、ツユクサはつき草ともいい、青い色素で布に摺り染めしたことに由来するとされます。
ツユクサの色素は初期の浮世絵版画で利用されていたと聞きますが、直射日光に晒されると変色し易いので、浮世絵の収集家は日当たりを避けた場所に取り出して鑑賞するらしいです。その後、プルシャンブルー(ベロ藍)がオランダとの交易でもたらされてからは利用されなくなりました。
蛍草を充てた十二種類の中で、稱名寺の境内で生育しているものはツユクサとスギナ、ツメクサの三種類ですが、茶花で重宝されるホタルブクロについても触れてみたいと思います。
ホタルブクロという名前は、蛍狩りのときにこの花筒の中に蛍を入れたことから名付けられたという話がありますが、一説に提灯(ちょうちん)をホタルブクロという地方があり、その形がこの花に似ていることに由来するという人もいます。この説を採用するとしても、提灯という言葉が中国から入る以前に蛍袋があったと考えると、本当の蛍を袋に入れて照明にしていた時代があったかも知れません。いずれにしても、五センチほどの花筒の中に蛍が光る姿を想像するだけでも趣があります。
このように、蛍の名前の付く植物の多いことには改めて驚かされますが、他にもイグサ科のホタルイなどを加えると優に二十種を超える数はあります。このことから日本人と蛍の関係は深いものであったことがうかがえますが、都市部では、その生息地はほとんどなくなりつつあります。果たして本物の蛍を見たことのある子供たちが、どのくらいいるのか、訝られることです。
蛍の生息には、清冽な水流、餌となるカワニナ、繁殖の妨げのならない照明のない暗闇などが必要ですが、蛍の生息が可能なビオトープ(生物生息空間)を作りだすことはなかなか難しいと考えられます。このままでは蛍草の意味も忘れ去られていくことが危惧されますが、なんとか多様な生物的な環境を都市の生活環境にも取り込んでいきたいものです。
稱名寺には生育しておりませんが蛍草と呼ばれる種類のうちで花の美しいホタルブクロ(キキョウ科)とホタルカズラ(ムラサキ科)の二種類の写真を参考までに掲載しておきます。
※引用・参考文献
日本国語大辞典(昭和55年1980縮刷版)
新訂牧野新日本植物圖鑑、牧野富太郎、2000、北隆館
語源辞典植物編、吉田金彦、2001、東京堂出版
植物名の由来、中村浩、1998、東京書籍(株)